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量子力学実験 心は波動が粒子か

実験6 サンジーヴィニは遅延選択カードとして利用可能か

遅延選択とは何か?だったら何 を実験対象にしますか?

サンジーヴィニを使った創造的実験を構想してみましょう。先進、遅延の時間差を何に対しどのように用いることができると考えますか。過去を書き換えますか未来を書き換えますか。それをサンジーヴィニを使えばどのように実験することができますか?

光の二面性=ホイーラーの「遅延選択実験」(1987年)

 「遅延選択実験」=光が出発後に、粒子としてではなく波として振る舞うことを選択したように見えるため、こう呼ばれた。
 アメリカの物理学者ジョン・ホイーラー(1911~2008)は、光を放出する時、出力をどんどん絞っていくと、最終的に光子1個分のエネルギーしかない光がぼつぼつ出るようになる非常に弱い光を「ハーフミラー」という特殊な鏡に通す実験を行った。
ハーフミラーは、光の半分を透過し、もう半分を反射する特殊な鏡である。
ハーフミラーでは光はaとb二つに分かれる。二つに分かれた光は、それぞれ普通の鏡で進路を変えた後、光子の検出器AとBに到達する。
 光子の検出器は、光子の半分のエネルギーをそれぞれ検出しそうに思える。
しかしホイーラーが考えたのは、「量子力学が正しいなら、光子1個分のエネルギーが、必ずAとBの片方の検出器だけから検出される。
検出の確率はそれぞれ50%で、どちらの検出器が検出するかは予想することはできない」と考えた。実験の結果、ホイーラーの予想通りの結果が出た。
 光子1個分のエネルギーが片方の検出器だけで検出されるということは、光子が「それ以上分けられないエネルギーのかたまり」であり、粒子であることを示している。
もし光が波であるならば、いくらでも細かく分けることができるはずなので、光はハーフミラーで半分に分けられ、光子のエネルギーが半分ずつ両方の検出器で検出されるはずである。

次に、ホイーラーは、今度はほぼ同じ実験装置で光の波動性を示す実験を行った。

光子1個分のエネルギーをもつ非常に弱い光を、ハーフミラーに向けて放出する。波としての光は二つ(aとb)に分かれた後、それぞれ普通の鏡で進路を変える。この実験では、分かれた光の波がすれちがうところに、もう一枚ハーフミラーを置く。ハーフミラーの先に検出器Aと検出器Bがある。
 aから来た光の波はハーフミラーで二つに分かれ、二つの検出器(AとB)に向かう。bから来た光の波も同様にハーフミラーで二つに分かれ、二つの検出器(AとB)に向かう。
あらかじめ鏡とハーフミラーの距離を微調整しておくと、検出器Aに向かう二つの光の波を、互いに弱め合い、打ち消し合うようにできる。
すると、検出器Bに向かう二つの波は、必ず互いに強め合うようになる。
その結果、検出器Aでは光がまったく検出されず、逆に検出器Bでは必ず光が検出されるようになる。
 この実験から、光は検出器の直前まで二つの波が重ね合って弱め合ったり強め合ったりする波動性をもっていることが証明された。
 
 ホイーラーの三つ目の実験は、二つ目のハーフミラーを置かない状態で光子1個を放出するものである。
この実験は、光は出発した後に粒子か波かを選択できるという仮説を検証するものである。
この二つ目のハーフミラーがない装置では、光は光子(粒子)として振る舞い、50%の確率で検出器Aで見つかり50%の確率で検出器Bで見つかるはずである。
そうしておいて、光が検出装置に到着する前に、二つ目のハーフミラーを素早く追加するという実験である。
すると光は、必ず検出器Bでは見つかり検出器Aでは見つからないという結果になった。
これは波の重ね合わせが起きたことを示した。
光はハーフミラーがふえたことに途中で気づいて粒子から波に変身し、干渉を起こしたのか、あるいは時間をさかのぼって波として出発し直したのか?いずれにしても、「はじめから波か粒子かが決まっている」と考えることはできないことを示した。
光が出発後に粒子としてではなく波としてふるまうことを選択したように見えるため「遅延選択実験」と呼ばれている。

 

素人によって科学上の大進歩を起こす可能性を試してみましょう。

物理学の隠語では時間を前向きに進む波は(遅れて届くので)「遅延」波と呼ばれ、時間を後ろ向きに進む波は(きっと前の時刻に届くので)「先進」波と呼ばれる。
我々はどうやら、先進電波或いは先進電磁波には全然気づいていないようなので、マクスウェル方程式の先進解は、「非物理的」なものとしてあっさり捨てられるのが普通である。
しかし、そうしていいというどんな正当な根拠があるのか?波動の法則以外にどんな物理法則があって、「この宇宙には先進解は存在しない」と命じるのか?もしそれがなければ、見たところ両者とも電磁気学の法則に従っているというのに、自然にはこのほかに何かがあって、先進波よりも 遅延波をより好みさせているのだろう。
科学上の大きな進歩は正統的なパラダイムが、支配的な理論とは合致しない一組の新しいアイデアあるいは新しい実験的証拠と衝突した時にしばしばおこる。
すると,誰かが大事にされてきた仮定、ことによるとほとんど自明のことと見なされ、あからさまに語られたことのなかった仮定を放棄することによって、突然すべてが転換する。
新しい、もっとうまくいくパラダイムが生まれたのである。
アインシュタインが特殊相対論を定式化した時にはこれが起きた。
誰もが、考えることさえせずに、時間は絶対的で普遍的であると仮定していた。
古典物理学全体がこの信念の上に気づかれていた。
しかし、それは誤っていた。ニュートンの運動法則を電磁気と光信号の振る舞いと矛盾させたのがこの根拠のない家庭だった。
アインシュタインがこの仮定を落とすと全てがピッタリ納まった。

出典:ポール・デイヴィス著『時間について』